「アデリーヌ様……私、我慢も媚びを売る必要もないってことでしょうか?」「ええ、当然よ。だって、あなたは家族よりも婚約者よりも優れているのだから。もっと自分に自身を持つのよ」アデリーヌはオリビアの手をしっかり握りしめた。「分かりました、私自分に自身が持てそうです。もう今日から家族にも婚約者にも、そして使用人にも媚びを売るのはやめることにします!」「ええ、そうよ。オリビアさん! 頑張るのよ!」「はい!」そして、2人は店内にいるすべての人々の注目を浴びながら、固く手を握りしめあうのだった――**** 18時を少し過ぎた頃、オリビアは屋敷に帰ってきた。 自分の部屋目指して歩いていると、前方から義母のゾフィーがメイドを連れてこちらに歩いてくるのが見えた。いつものオリビアなら挨拶をする。しかし、義母からは一度たりとも挨拶を返されたことなどない。完全無視をされているのだ。(どうせ挨拶しても無視されるのだもの)媚びを売るのをやめると心に誓ったオリビアはそのままゾフィーに視線を合わせることもなく歩いていき……通り過ぎた途端。「待ちなさい」ゾフィーに背後から声をかけられた。しかし、オリビアはそのまま無視して歩いていると先程よりも大きな声で呼び止められた。「オリビア! お待ちなさい!」そこでオリビアは足を止めて振り返った。「何でしょうか?」「何でしょうかじゃないわ。私に挨拶をしないとはどういうつもり? しかも最初の呼びかけで無視をしたでしょう? 理由を説明しなさい!」険しい視線でゾフィーはオリビアを睨みつけている。そして何故か背後にいるメイドも一緒になってオリビアを睨んでいる。「どうしていつも私を無視する人に挨拶をしなければいけないのですか?」「な、何ですって!?」まさか反論されるとは思わなかったのだろう。ゾフィーの顔が一段と険しくなる。「それに、一度目の呼びかけに返事をしなかったのは名前を呼ばれなかったからです。『お待ちなさい』だけでは誰に呼びかけているのか分かりませんから」オリビアはため息をつきながら大げさに肩を竦めると、ゾフィーはヒステリックに喚いた。「な、なんて生意気な……!とにかく挨拶は基本よ! それぐらい常識でしょう!?」「これは驚きましたね。まさか、お義母様から常識と言う言葉が出てくるとは思いませんでした。今まで一度も私
オリビアは自分の部屋に戻ると机に向かい、カバンから書類を取り出した。この書類はアデリーナから教えてもらった物で、大学院入学届の申請書だった。優秀な学生は無償で大学院に進学することができ、さらに寮に入れば生活の面倒も見てくれるという素晴らしい内容が記されている。アデリーナと別れた後、学務課に寄って貰ってきたのだ。「父も兄も、女の高学歴を良く思っていないわ。当然大学院の進学なんて反対するに決まっている。大体卒業後はギスランと結婚させて進学もさせないつもりなのだから」……いや、そもそもギスランは自分と結婚する気があるのだろうか? 異母妹のシャロンと親密な仲である状況で……。そんな事を考えながら、オリビエは書類の記入を始めた――****一方その頃……。「聞いて下さい、あなた!」ゾフィーはノックもせずに乱暴に扉を開けると、夫――ランドルフの書斎にズカズカと入ってきた。その非常識な振る舞いにランドルフは眉をひそめる。「何だ、ゾフィー。随分と騒がしくしおって。見ての通り、仕事の書類がたまっていて今忙しいのだ。話なら後にしてくれ」「いいえ! 聞いていただきます。オリビアが私に歯向かったのですよ! 生意気にもあのオリビアが私に挨拶もせずに無視したたのですよ!」悔しさをにじませながら机を叩くゾフィー。「だが、お前の方こそ今までオリビアを無視してきただろう? いつもお前に声をかけても無視されるから、オリビアも挨拶するのを諦めたのだろう。別にいいではないか。あんな娘など、気にする価値もない」あまりにも呆気ないランドルフの態度にゾフィーは苛立ちを募らせた。「何を言っているのです! それだけではありません! 何故挨拶をしなかったのか問い詰めたら謝るどころか、生意気にも私に言い換えしてきたのですよ!」「何? オリビアがお前に言い返してきたのか? 確かにそれは由々しき事態だな……」「ええ。だから今すぐオリビアの部屋に行って、あなたから、お説教を……」「イヤ、それは無理だな」「……は? あなた。何をおっしゃってるの?」「だから今は忙しいのだと言ったばかりだろう? お前にはこの書類の山が見えないのか?」「ですが、こういうことは早めに説教するべきです! また憎たらしい態度をとられる前に!」「いいかげんにしろ! ここ最近目の回るような忙しさなんだ! 説教な
18時半を少し過ぎた頃のこと。ゾフィー付きのメイドが厨房で、料理長と話をしていた。「え? 今、何と言ったんだ?」料理長が怪訝そうな表情を浮かべる。「だから今夜の食事、オリビアにはスープとパンだけを出すようにって言ってるのよ」仮にも伯爵令嬢であるオリビアを呼び捨てにするこのメイドはゾフィーから格別に可愛がられている。先程オリビアを睨みつけていたのも、このメイドだ。彼女はゾフィーに気に入られているのをいいことに、使用人の中で尤もオリビアを軽視していたのだ。「これでも俺は、この屋敷の厨房を任されているんだぞ? その俺に使用人以下の料理をオリビア様に出せって言うのか?」料理長としてプライドが高い彼は、この提案が面白くないので不満げな顔を浮かべる。「そうよ、これは奥様からの命令なの。今日、オリビアは生意気な態度を奥様にとったのよ。その罰として、今夜の料理はスープとパンだけにするようにって命じられのよ」本当はそんなことは言われてなどいない。けれど、このメイドは点数稼ぎの為に嘘をついた。1人だけ貧しい食事を与えて、身の程を分からせようと企んだのだ。「奥様の命令なら仕方ないか。分かった、スープとパンだけをオリビア様に提供すればいいんだな?」「ええ、そうよ。分かった?」「何処までも横柄な態度を取るメイドに、料理長は素直に従うことにしたのだった。そして、その様子を物陰で見つめていたのは専属メイドのトレーシー。(た、大変だわ……! オリビア様のお食事が……!)トレーシーはメイドと料理長が交わしたやりとりの一部始終を目撃すると、踵を返してオリビアの元へ向かった――****「大変です! オリビア様!」トレーシーはオリビアの部屋へ駈け込んできた。「トレーシー、そんなに慌ててどうしたの?」「それが……」トレーシーは自分が厨房で見てきたこと全てを説明した。「ふ~ん……そう。義母は、自分のお気に入りのメイドを使ってそんな真似をしたのね?」「どうなさるおつもりですか? オリビア様」まだ年若いトレーシーはオロオロしている。「そうね……」今迄のオリビアなら家族に嫌われたくない為に、どんな処遇も受け入れただろう。けれど憧れのアデリーナに指摘されて目が覚めたのだ。『何故、我慢しなければならないの? 家族に媚を売って生きるのはもう、おやめなさいよ』
「それではトレイシー、行ってくるわね」自転車にまたがったオリビアが、外まで見送りに出てきたトレイシーに笑顔を向ける。「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ。必ずオリビア様に言われた通り、実行したしますのご安心下さい」「ありがとう、よろしくね」オリビアは黄昏の空の下、自転車に乗って町へと向かった。「お気をつけてー!」トレイシーは姿が見えなくなるまで手を振り続けた――**** オリビアが町へ到着した頃には、すっかり夜になっていた。ガス灯が照らされ、オレンジ色に明るく照らされた町並みは、いつも見慣れた光景とは違い、新鮮味を感じられる。それでもまだ時刻は19時になったばかりなので、多くの老若男女が行き交っている。「すごい……夜の町って、こんなに賑わっていたのね」自転車を押しながら、オリビアは目当ての店を探して歩く。彼女が探している店は、最近学生たちの間で話題になっている店だった。「女性一人でも気軽に入れる店」を謳い文句に、まだ若い女性オーナーが経営している店だと言う。『内装もお洒落で、女性向きのメニューが豊富』と、女子学生たちが騒いでいたのを耳にしたことがある。その時から機会があれば一度、行ってみたいと思っていたのだ。「確かお店の外観は、レンガ造りの建物に紺色の屋根って言ってたわね。そして店の名前は……」すると、前方に赤レンガに紺色屋根の建物を発見した。入り口には立て看板もある。「あれかもしれないわ!」オリビアは自転車のハンドルを握りしめると、急ぎ足で向かった。「この店だわ……『ボヌール』。間違いないわ」店の名前も事前情報で知っていた。窓から店内を覗き込んでみると20人程の客がいいて、全員オリビアと同年代に思えた。客層が若いと言う事に後押しされたオリビア。早速店脇に邪魔にならないように自転車を止めると、緊張する面持ちでドアノブを回した。――カランカランドアベルが鳴り響くと中にいた何人かの客がこちらを振り向き、緊張するオリビア。けれどすぐに視線が離れたので、ゆっくり店内に足を踏み入れた。店内にいた客は男女合わせて半々というところだった。けれど、店に1人で来たのはオリビアだけのようだった。(え? 女性一人でも気軽に入れるお店と聞いていたけど……何だか思っているのと違うわ)しかし、今更店を出ることも出来ない。オリビアは覚
「あ、あの……?」見覚えが無く、首を捻ると青年は笑顔になると向かい側の席に座って来た。「君、1人でこの店に来たのかい? 1人で食事なんて味気ないだろう? 俺も1人なんだよ。良かったら一緒に食事しよ?」「い、いえ。結構です」身の危険を感じたオリビアは首を振る。「まぁ、そう言わずにさ。食事なら俺が御馳走してあげるから」そして男性客は突然、左手首を掴んできた。「え!? ちょ、ちょっとやめてください!」手を振り解こうとしても、力が強すぎて敵わない。周囲にいた客は騒ぎに気付いていも、誰も助けようとはしない。その時――「お待たせいたしました」ウェイターが突然大きな声をかけてきた。「お、おい! いきなり驚かすなよ!」男性客が非難すると、ウェイターは鋭い眼差しで男性客を睨みつける。「俺はこの店のオーナーで、彼女の知り合いだ。出入り禁止にされたくなければ、勝手な真似をしないでもらおうか?」「う……わ、分かったよ!」その目つきがあまりにも鋭かったので、男性客はたじろぎ……周囲の冷たい視線に気づいた。「く、くそっ!」バツが悪いと感じた男は逃げるように店を飛び出して行ってしまった。「ふん。所詮、いいとこの貴族だな。あれくらいのことで逃げ出すとは」扉を見つめ、ため息をつくウェイターにオリビアは礼を述べた。「あ、あの……ありがとうございます。おかげで助かりました」「こんな目立たない席で、1人でいると今みたいなことになるかもしれない。カウンター席に来た方がいいな。こっちに来いよ」それはおよそ客に使うとは思えない、乱暴な口調だった。「はい……分かりました」青年に言われるままにカウンターに連れられてきたオリビアは席に着いた。「それで、何にするんだ?」「え? ええと……ディナープレートをお願いします」「分かった」ウェイターは頷くと、カウンターの奥に消え……少し経つと再び戻ってきた。「すぐに作るように注文入れてきた。だから食べ終えたらさっさと帰れよ。大体、何で女1人で来るんだよ」「え? で、でもこのお店は女性1人でも気軽に入れるお店って聞いていたんですけど? しかも女性オーナーだって……それなのに、あなたがオーナーってどういうことですか?」「……あぁ、それでか」何処か納得した様子で青年は頷き、続けた。「それは、あくまで朝から夕方までの
一方その頃―― フォード家ではオリビアを除く全員がダイニングルームに集まり、席に着いていた。そして給仕たちにより料理が運ばれ、それぞれの前に置かれていく。そのどれもが見事な物だった。「ふむ。今夜の料理も素晴らしいな」ランドルフが満足そうに頷く。彼は美食家であり、料理に一切の妥協を許さないことで貴族の仲間同士に知れ渡っているほどだったのだ。「ええ、そうね」「今夜も美味しそうだ」「楽しみだわ~」家族3人も嬉しそうに料理を見つめていたその時。「……おい、何だ? その粗末な料理は」ランドルフがまだ空席のオリビアのテーブル前に置かれた料理を見て、眉をひそめる。置かれているのは具材の無いスープに、パンのみだった。「フォード家で、このような貧しい料理を出すとは……一体どういうことだ!?」例え冷遇されている娘とはいえ、美食家のランドルフにとって目の前で粗末な料理が出されることは許し難いことだったのだ。ランドルフの怒声に給仕のフットマンは震えあがった。「あ、あの……そ、それは……料理長の指示でして……」「何だと!? では、その料理長を今すぐ呼んで来い!」「はいぃっ! た、直ちに!」フットマンは駆け足で厨房へ向かった。「……全く、いったいどういことだ? 私の前であのような料理出すとは不快い極まりない」苦虫を潰したような顔になるランドルフ。「ええ、そうね。一体料理長は何を考えているのかしら?」まさか自分のメイドの仕業とは思いもしないゾフィーは首を傾げる。「不愉快な料理だな」長男のミハエルは顔をしかめ、シャロンは無言で自分の髪の毛をいじっている。「お待たせいたしました!!」そこへ先程のフットマンが、料理長を連れて戻って来た。「あ、あの……旦那様。私に何か御用があると伺ったのですが……」ここへ来るまでに、ある程度のことは聞いて来たのだろう。青ざめた顔の料理長が恐る恐る尋ねてきた。「お前が、あの料理を出すように命じたのか?」鋭い口調でランドルフが尋ねる。「はい、そうですが……」「何故、私の前であのような粗末な料理を出したのだ!」「そ、それは奥様付きのメイドが言ってきたのです! 本日、オリビア様が奥様に失礼な態度を取ったので、罰として夕食はパンとスープのみにするようにと! 奥様がそのように命じられたそうです!」火の粉が飛ん
「あ、あ、あの……わ、私に何か御用でしょうか……?」全身をガタガタと震わせ、青ざめたメイドが怯えた様子で現れた。「お前か! 私の前にくだらない料理を出させたのは!」「ドナッ! よくも私の名前を使って、勝手な振舞をしてくれたわね! いったいどういうつもりなの!?」ランドルフとゾフィーの怒声がメイドのドナに降り注ぐ。「あ……そ、それは……」すっかり涙目になっているドナ。皆に喜ばれると思っての行動が裏目に出てしまうとは思わず恐怖で震える。特に可愛がってもらえていたゾフィーからの叱責はあり得ないものだった。「さっさと答えろ!」「答えなさい!!」2人の怒りの声は、しんと静まり返ったダイニングルームに反響した。「も、申し訳ございません……ゾフィー様に失礼な態度を取った……オリビア様に嫌がらせをして……ご自分の態度を改めて貰おうかと思って……」ガタガタ震えながら答えるドナ。すると、フッとミハエルが笑った。「まぁ……目の付け所は悪くなかったかもしれないが……それにしては、やり方を間違えたな。我々の前で、こんな粗悪な料理を出させたのだから」ミハエルもまた、ランドルフの美食家の血を色濃く引いていたのだ。「全くだ……よくも、我等美食家として名高いフォード家の泥を塗ってくれたな!」「そう言えば、オリビエはどうしたのかしら?」自分に火の粉が飛んでくることを恐れたゾフィーがオリビアの話題を口にした。「お取込み中、申し訳ございません!」そこへメイドのトレイシーが現れた。彼女は今まで様子を伺い、現れるタイミングを見計らっていたのだ。「何だ、この騒々しい時に!」舌打ちするランドルフ。「はい、私はオリビア様の専属メイドです。実はオリビア様は、今夜の夕食で御自身にはパンとスープのみしか与えられないことを偶然知ってしまいました。まさか美食一族として名高いフォード家でそのような料理しか出されないことにショックを受けられたオリビア様は、町の外に外食に行かれてしまったのです。粗悪な料理を口にするくらいなら、外の食事の方がずっとまともだからとお話されておりました」「な、何だと!? フォード家よりまともだと!? あのオリビアがそんなことを言ったのか!?」「そんな! 下町の料理よりも私の腕前の方が優れているはずなのに!」この話に美食家のランドルフ、自分の腕に自信
フォード家でメイドがメイドがクビにされる騒動が起こっている一方、オリビアは店の料理を堪能していた。「……美味しい! このお店の料理……家の料理と同じくらい……いえ、それ以上に美味しい!」オリビアは美味しそうな表情で、スパイスの効いた肉料理を口に入れた。「そうか、気に入ってくれたか。フォード家の令嬢にそう言ってもらえるのは光栄だな」カウンター越しからマックスが笑顔になる。「私が料理を気にいると、何かあるのですか?」「ああ、大ありだ。何しろフォード家といえば、美食貴族ということで有名じゃないか。それに現当主は、たまに食に関するコラムを書いて新聞に掲載されたりしているぞ?」「え!? 何ですか? その話」「自分の家のことなのに知らないのか?」「い、いえ。父が料理のことに関しては、中々こだわりがあるのは知っていましたが……」だからこそ、今夜粗末な料理が自分に出されることを知ったオリビアは外食をすることにしたのだ。料理に関してプライドの高い父親が、パンとスープのみの食事を見過すはずが無いと思ったからである。だが、まさかコラムまで書いていたとは思いもしていなかった。「特に今の当主が訪れる店は、味に間違いはない。必ず儲かる店になると言われているくらいだ。実際その通りだし」「そんな話……少しも知りませんでした。驚きです」「驚くのは、むしろこっちだ。オリビアはフォード家の娘なのに、そんなことも知らなかったのか?」マックスは肩をすくめた。いつの間にか、彼は「オリビア」と呼んでいる。「私……家族とは、うまくいってなくて疎外されているんです。会話に入ることもできません。顔を合わせるのは食事のときくらいなんです。それでも居心地が悪いので1人遅れて食卓について、一番早く席を立っています。だから家族のことを良く知らなくて……」「ふ〜ん。それで居心地が悪すぎて、今夜とうとう1人でバーに来たってわけか?」「いえ。そういう理由ではありませんが……ただ、何となく今夜は外で食事をしてみたかったんです」まさか義母に従順な態度を取らなかった罰として、夕食はパンとスープしか出してもらえないから……とは口に出せなかったのだ。(私自身、夜1人で外食するほど自分が行動的だったとは思わなかったわ。でも、これもきっとアデリーナ様のおかげね)笑顔のアデリーナの姿がオリビアの脳裏を
ランドルフ、ミハエル、ゾフィーが逮捕されて一カ月後――「オリビア様、お疲れ様です。お茶を煎れて参りました」専属メイドのトレーシーが紅茶を運んで書斎に現れた。「ありがとう、トレーシー」書類から顔を上げ、オリビアは笑みを浮かべる。「どうぞ」机の上に置かれた紅茶を早速口にした。「……美味しい、ありがとう」「いえ。それでお仕事の方はいかがですか?」「そうねぇ。学業との併用は中々大変だけど、領地を運営するのも当主である私の役目だから頑張るわ」 ランドルフもミハエルも不正を働いた罪で、フォード家は危うく爵位を取り上げられそうになった。しかし侯爵家のアデリーナの口添えと、フォード家に唯一残されたオリビアが優秀ということもあり、取り潰しが無くなったのである。そして今現在、オリビアがフォード家の女当主とし切り盛りしているのであった。「でも大学院にいかれないのは残念ですね」「あら、そんなことはもういいのよ」トレーシーの言葉に、オリビアは首を振る。「え? よろしいのですか?」「勿論よ。第一、私が大学院に行こうと思っていたのは、家族や私を見下す使用達と暮らしたくは無かったからよ。けれど家族は一人残らず出て行ったし、私を見下す使用人はもう1人もいないわ」「ええ、確かにそうですね。今や、この屋敷の使用人達は全員、オリビア様を尊敬しておりますから」「そういうこと。だから、もうこの家を出る必要が無くなったのよ。それに大学院にいこうとしていたのはもう一つ理由があるのよ。より高い学力があれば、就職に有利でしょう? だけど今の私はフォード家の当主という重要な立場にあるの。つまり、もう仕事も持っているということになるわよね?」「ええ、確かにそうですね。ところでオリビア様、本日は卒業式の後夜祭が行われる日ですよね? そろそろ準備をなさった方が良いのではありませんか?」書斎の時計は15時を過ぎたところだった。後夜祭は19時から始まる。「そうね。相手の方をお待たせしてはいけないものね。トレーシー、手伝ってくれる?」「ええ。勿論です」トレーシーは笑顔で頷いた――****――18時半ダークブロンドの長い髪を結い上げ、オレンジ色のドレスに身を包んだオリビアは後夜祭のダンスパーティーが行われる会場へとやって来た。既に色とりどりの衣装に身を包んだ学生たちが集まり
大学から帰宅したオリビアは異変を感じた。屋敷の前に見たこともない馬車が3台も止められているのだ。「あら? あの馬車は一体何かしら?」いやな予感を抱きながら、扉を開けて驚いた。エントランスには大勢の使用人が集まっていたのだ。「あ! オリビア様! お帰りなさいませ!」「お待ちしておりました! オリビア様!」使用人達が口々にオリビアに挨拶してきた。「ただいま。一体、これは何の騒ぎなのかしら?」すると一番古株のフットマンが手を上げた。「私から説明させて下さい。実は先程、警察の方達がいらしたのです」「え!? 警察!? ど、どうして警察が……って駄目だわ、思い当たることが多すぎるわ」片手で額を抑えてため息をつく。今は屋敷を追い出されてしまったが、義母のゾフィーは違法賭博にのめりこんでいた。兄のミハエルは裏金を積んで王宮騎士団に裏口入団し、父ランドルフは裏金を貰って、でたらめなコラムを書いていたことで閉店に追いこんだ飲食店もあるのだ。「それでは、屋敷の前に止められた馬車は警察の馬車ということね? それで警察の人達は何処にいるのかしら?」「はい、皆さんは旦那様とミハエル様、それにゾフィー様の部屋にいらしています」「何ですって!? 全員なのね!? もしかしてお父様だけかと思っていたけれど……とにかく、挨拶に行った方が良さそうね」そのとき。「いえ、それには及びませんよ」背後で声が聞こえて、オリビアは振り返った。すると10人以上の警察官が、紙袋やら箱を手にしている。「失礼、あなたはこちらの御令嬢でいらっしゃいますか?」先頭に立ち、口ひげを生やした警察官がオリビアに尋ねてきた。「はい、私はこの屋敷に住むオリビア・フォードです」「留守中にお邪魔してしまい、大変申し訳ありません。実はフォード家の人々に買収と賭博の容疑がそれぞれかけられまして、証拠物を押収させていただきました」「そうでしたか。ご苦労様です」ペコリと頭を下げると、警察官は不思議そうにオリビアを見つめる。「あの、何か?」「いえ、随分冷静だと思いまして。驚かれないのですかな?」「ええ、勿論驚いています。それで証拠が見つかればどうなりますか?」「勿論賭博も買収も犯罪ですからね。逮捕されるのは時間の問題でしょう。既にランドルフ氏は連行されていきましたから」その言葉に、オリビアはニ
その日の昼休みのことだった。「アデリーナ様!」大学併設のカフェテリアで待ち合わせの約束をしていたオリビアは、こちらに向かってくるアデリーナに笑顔で手を振った。「オリビアさん、遅れてごめんなさい」小走りで駆け寄って来たアデリーナが謝罪する。「そんな、謝らないで下さい。私もつい先ほど到着したばかりですから」本当はアデリーナに会うのが待ちきれずに15分程早く到着していたが、そこは内緒だ。「フフ、そうなの? それじゃ中へ入りましょうか?」「はい!」オリビアは大きく返事をすると、2人は店の中へ入った。「あら、結構混んでいるのね?」カフェテリア内は多くの学生たちで溢れ、空席が見当たらなかった。「その様ですね。アデリーナ様、他の店に行きましょうか?」そのとき。「アデリーナ様! 私達もう食事が終わったので、こちらの席をどうぞ!」すぐ近くで声が聞こえた。見ると、2人の女子学生が食事の終わったトレーを持って手招きしている。そこで早速、オリビアとアデリーナは女子学生たちの元へ向かった。「どうも私たちの為に席をありがとうございます」「ありがとうございます」アデリーナが丁寧に挨拶し、オリビアも続けて挨拶した。「いいえ、私達アデリーナ様のファンですから」「お役に立てて嬉しいです」女子学生たちは笑って去っていき、その姿をオリビアは呆然と見つめていると、アデリーナが声をかけてきた。「オリビアさん、食事を選びに行きましょう」「は、はい!」返事をしながらオリビアは思った。アデリーナのような人気のある女子学生と、子爵家の自分が一緒にいてもいいのだろうか――と。** 食事が始まると、早速話題はミハエルの話になった。ミハエルがアデリーナの兄、キャディラック侯爵にズタボロにされ、王宮騎士団をクビにされたこと。帰宅してみると大泣きしして暴れた後に、開き直って引きこもり宣言をしたものの、父から『ダスト村』への追放宣言を受けた事。そして夜明け前に幾人かの使用人を連れて旅だったことをかいつまんで説明した。「まぁ! たった1日でそんなことがあったのね? でも、何だか申し訳ないわ……オリビアさんのお兄様が追放されたのは、兄のせいなのだから」アデリーナは申し訳なさそうにため息をつく。「そんな! アデリーナ様は何も悪くありません。私が望んだことですし、そ
いつものように自転車に乗って大学に到着したオリビア。1時限目の授業が行われる教室へ行ってみると、入り口付近にマックスがいた。彼はオリビアの姿を見つけると、笑顔で手を振ってくる。「オリビア!」「おはよう、マックス。どうしてここにいるの? ひょっとして同じ授業を受けていたかしら?」「いいや、俺はこの授業を受けていない。オリビアを待っていたのさ」「そうだったのね。でも良かったわ。私も丁度あなたに会いたいと思っていたのよ」「え? 俺にか?」「ええ、そうよ!」そしてオリビアはマックスの右手を両手でしっかりと握りしめた。「お、おい! どうしたんだよ?」顔を赤らめて狼狽えるマックス。「ありがとう! 全て貴方のお陰よ! 感謝するわ」「え? 俺のお陰……?」「そうよ。父が裏金を受け取って、全くでたらめなコラムを書いていたことを暴露してくれたのでしょう?」「まさか……もう新聞に載っていたのか!?」「ええ、今朝食事の席で父が新聞を凝視していたのよ。何を読んでいるのかと思えば、自分に関する記事だったのよ。散々な事を書かれていたわ。コラムニストの職を失ったばかりか、この町全ての飲食店を出入り禁止にされたそうなの。それが一番ショックだったみたいね」「そうか……実は新聞社の知り合いに記事の件を頼んだと伝える為にオリビアを待っていたんだが、まさかもう記事になって出回っていたとは思わなかったな」マックスは感心したように頷く。「もしかして、薄々気付かれていたんじゃないかしら? それですぐ記事にすることが出来たのよ。そうに違いないわ」「やけに嬉しそうだな。だけどオリビアはそれでいいのか?」「え? 何のことかしら?」「決まっているだろう? 仮にも父親だろう? 自分の親が窮地に立たされているのに、オリビアはそれで大丈夫なのか?」「ええ、勿論よ」「げっ! 考える間もなく即答かよ……」「だって私は生まれた時からずっと、フォード家で酷い扱いを受けてきたのよ。父からは無視され、兄からは憎まれ、義母や義妹に使用人達すら私を馬鹿にしてきたのよ。だからもうフォード家がどうなっても構わないわ」「そうか……中々闇が深いんだな」腕組みしてマックスが頷く。「だからアデリーナ様には本当に感謝しているの。私が変われたのは、あの方のお陰だもの」「なるほどな……それじゃ、俺は…
「そう言えばお父様。先程熱心に新聞を読んでおられましたが、何か気になる記事でもあったのですか?」珍しく食後のお茶を飲みながら、オリビアはランドルフに尋ねた。「ギクッ!」ランドルフの肩が大きく跳ねる。「ギク……? 今、ギクと仰いましたか?」「あ、ああ……そ、そうだったかな……?」かなり動揺しているのか、ランドルフは自分のカップにドボドボと角砂糖を投入し、カチャカチャとスプーンで混ぜた。「あの、お父様。さすがにそれは入れ過ぎでは……?」しかし、ランドルフは制止も聞かず、グイッとカップの中身を飲み干す。「うへぇ! 甘すぎる!」「当然です。先程角砂糖を7個も入れていましたよ。それよりもその動揺具合……さては何かありましたね? 一体何が新聞に書かれていたのですか?」オリビアはテーブルに乗っていた新聞に手を伸ばす。「よせ! 見るな!」当然の如く、新聞を広げて凝視するオリビア。「……なるほど……そういうことでしたか」新聞記事の中央。つまり一番目立つ場所にはランドルフの顔写真付きの記事が載っていた。『ランドルフ・フォード子爵、別名美食貴族。裏金を受け取り、実際とは異なる飲食店情報を記載。被害店舗続出』大きな見出しで詳細が詳しく書かれている。(マックス……うまくやってくれたみたいね)オリビアは素知らぬ顔でランドルフに尋ねた。「お父様、こちらに書かれている記事は事実なのですか?」「……」しかし、ランドルフは口を閉ざしたままだ。「お父様、正直にお答えください」すると……。「そう、この記事の言う通りだ! 私は『美食貴族』として界隈で名高いランドルフ・フォードだ! 私のコラム1つで、その店の評判が決まると言っても過言では無い! 店の評判を上げて欲しいと言ってすり寄ってくるオーナーや、ライバル店を潰して欲しいと言って近付く腹黒オーナーだって掃いて捨てる程いる! だから私は彼らの望みを叶える為にコラムを書いてやった! これも人助けなのだよ!」ついにランドルフは開き直った。「それなのに……一体、どこで裏金の話がバレてしまったのだ……? そのせいで、もう私は『美食貴族』の称号と、コラムニストの副業を失ってしまった。それだけではない、この町全ての飲食店に出入り禁止にされてしまったのだよ! もし入店しようものなら……け、警察に通報すると! もう駄目
翌朝――朝食の為にオリビアがダイニングルームへ行くと、既にランドルフが席に着いて新聞を食い入るように見つめていた。食事の席は父とオリビアの分しか用意されていない。オリビアが席に着いてもラドルフは気付かぬ様子で新聞を読んでいる。(一体、何をそんなに熱心に読んでいるのかしら?)訝しく思いながら、オリビアは声をかけた。「おはようございます、お父様」「え!?」ランドルフの肩がビクリと大袈裟に跳ね、驚いた様子で新聞を置いた。「あ、ああ。おはよう、オリビア。それでは早速食事にしようか?」「はい、そうですね」そして2人だけの朝食が始まった――「あの……お父様。聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」食事が始まるとすぐにオリビアはランドルフに質問した。「何だ?」「今朝はお兄様の姿が見えませんね。まさか、もうここを出て行かれたのですか?」「そのまさかだ。ミハエルは夜明け前に自分が選別した幾人かの使用人を連れて、屋敷を去って行った。多分、もう二度とここに戻ることはあるまい」オリビアがその話に驚いたのは言うまでもない。「何ですって? お兄様が1人で『ダスト』村へ行ったわけではないのですか?」「私もミハエル1人で行かせるつもりだった。だが、あいつは絶対に自分一人で行くのは無理だと駄々をこねたのだ。身の回りの世話をする者がいなければ生きていけるはず無いだろうと言ってな。いくら言っても言うことをきかない。それで勝手にしろと言ったら、本当に自分で勝手に使用人を選別して連れて行ってしまったのだよ」そしてランドルフはため息をつく。「そんな……それでは誰が連れていかれたかご存知ですか?」「う~ん……私が分かっているの2人だけだな。1人はミハエルの新しいフットマンになったトビー。もう1人は御者のテッドだ。後は知らん」「えっ!? トビーにテッドですか!?」「何だ? 2人を知っているのか?」「え、ええ。まぁ……」知っているどころではない。トビーをミハエルの専属フットマンに任命したのはオリビア自身だ。そして御者のテッドは近々結婚を考えている女性がいるのだから。「何て気の毒な……」思わずポツリと呟く。「まぁ、確かに『ダスト』村は何にも無いさびれた村だ。だが、存外悪くないと思うぞ? トビーは身体を動かすのが大好きな男だ。あの村は開拓途中だからな、
「そ、そんな! それだけのことで追い出すなんて、俺は何処に行けばいいのです!? まだ卒業もしていないし、無職決定なのに! それに、第一俺がここを出て行ってしまったら誰がフォード家の後を継ぐのです!?」ワインの注がれたグラスを手にしたまま、喚くミハエル。かなり興奮しているのか、グラスのワインが今にもこぼれそうなほどに揺れている。「卒業だと!? お前はもう退学だ! もはやお前の居場所はここにはないのだ!」ランドルフがビシッとミハエルを指さす。「酷いじゃないですか! 来月卒業なのですよ? 中退なんて恥ずかしいです! せめて卒業くらいさせて下さいよぉ! 働き口を無くしてしまった哀れな息子を追い出さないで下さい! 俺がどこかで野垂れ死んでしまってもいいのですか!?」「黙れ! 大学に残る方が余程恥ずかしい事だと思わないのか!? 後ろ指をさされ、踏みつけ、詰られて石をぶつけられても良いのか!? 退学はお前の為でもあるのだ!」青筋を立てながら怒鳴るランドルフ。その様子をオリビアはワインを飲みながら冷静に見つめていた。(さすがにそこまではされないのじゃないかしら。でも中退させるのが兄の為だと言っているけれども……嘘だわ。きっと大学ヘそのまま通わせるのはお金がもったいないと思っているのよ)2人の言い合いはまだ続き、無言で食事を続けるオリビア。(全く、うるさい2人ね……さっさと食事を終わらせて退席しましょう)ランドルフもミハエルもワインを飲みながら口論するので、徐々にヒートアップしてきた。「分かりました……それでは百歩譲って、退学をするとしましょう。ではその後は? 追い出された俺は一体どこで暮らせばいいのです!」そしてミハエルはグイッとワインを飲み干す。「そんなのは知らん! ……と、言いたいところだが私もそこまで鬼ではない。ミハエルよ。お前には『ダスト』の村へ行ってもらう! あの村もフォード家の領地であることは知っているな!」「え……? 『ダスト』村……? ひょっとしてまだあの村が残っていたのですか!」ミハエルが目を見開く。『ダスト』村はの話はオリビアも聞いたことがある。フォード家は広大な土地を所有していたが、ぺんぺん草すら生えない荒地が半数を占めている。その中でも特に『ダスト』村は最も貧しい村だった。畑を耕しても、瘦せた土地ではサツマイモやジャガ
――その日の夕食の席のこと。フォード家では基本、食事は家族と一緒にという家訓の元、オリビアは嫌々ダイニングルームへやってきた。「よぉ、オリビア。待っていたぞ」テーブルには「引きこもり宣言」をした兄、ミハエルが陽気な声で挨拶してくる。既に引きこもり生活に突入したつもりでいるのか、襟元がだらしなく着崩れた姿の兄を見て、オリビアは眉を顰める。「お兄様、もうテーブルに着いていたのですね。お早いことで」嫌味を込めて言ったつもりだが、ミハエルには通用しない。「まぁな。俺は今日から引きこもりになると決めたから暇人なんだ。今や、一番の楽しみは食事になってしまった。だからいち早くここに来たと言う訳さ。それにしても見て見ろ。今夜は御馳走だぞ?」「確かにそうですね……」着席しながらテーブルに並べられた料理を見つめるオリビア。フォード家の食事はもともと豪華だが、今夜はいつも以上に豪華だ。しかも料理の品数も2~3品多い。(どうして今夜はこんなに食事が豪華なのかしら……? まるでお祝いの席みたい)そこまで考え、ハッとした。(まさか、お父様は兄が王宮騎士団から追放されて、引きこもり宣言をしたことに気付いていないのかしら?)「それにしても、一体今夜はどうしたっていうのだろう? まるで祝いの席の様だ。ひょっとして俺の引きこもり生活の門出を祝う席でも設けてくれたのだろうか? いや、流石にそれはないだろう。ハッハッハッ!」まるでアルコールで酔っぱらっているような兄に、オリビアは思いっきり軽蔑の眼差しを向けた。「お兄様……ひょっとして夕食の前から既にお酒を召されているのですか?」「失敬な! 今の俺はシラフだぞ。それは確かに……王宮騎士団をクビにされ、帰宅した直後に少々ワインは飲んだが……今はとっくに、酔いは冷めている!」「はぁ……そうなのですね」つまり、ミハエルがあれ程吠えていたのは、酔いも手伝ってと言う事だったのだ。「それより、父は遅いな……いつもならとっくに席に着いているのに……」ミハエルがそこまで口にしたとき。「待たせたな」父、ランドルフがダイニングルームに現れて着席した。「それでは、早速食事にしよう」ランドルフの言葉に給仕達が現れ、温かい料理を運んでくる。その様子を嬉しそうにミハエルは眺めているが、父は浮かない顔をしている。(変ね……いつものお
「成程、引きこもりですか……?」オリビアは吹き出しそうになるのを必死に堪えながら頷く。何しろ王宮騎士団に入れるのは、全員貴族と決められている。国王直属の騎士になるのだから、当然と言えば当然のこと。その貴族たちの前で恥をさらされたのだから、ダメージは相当のものだろう。王宮騎士団に入団すると言うのは、大変名誉なことだった。高学歴も必要とされ、大学を卒業見込みの者がまず試験を受ける権利を貰える。脳筋バカでは国王に仕える者として、失格なのだ。毎年入団試験を受ける者は1000人を超えると言われている。まず、最初の筆記試験で半数が落とされ、剣術の実技試験で更に半数。最後の面接で半数が落とされると言われている。「お兄様、正直に話して下さい。いつの段階で、裏金を支払ったのですか?」未だにグズグズ泣くミハエルに静かに尋ねるオリビア。「グズッ……そ、そんなの決まっているだろう? 筆記試験の……段階で、金を支払ったんだよ! 裏口入団に顔の利くブローカーを見つけて……ウグッ! 悪いとは思ったが、家の金庫に深夜忍び込んで……ウウウウッ! 後で返済しようと思って……ヒグッ! 拝借したって言うのに……何も、何もあんな大勢の前で俺を糾弾して、排斥することはないじゃないか! せめて、人目のつかない所でやってくれればいいのにぃぃっ!! 俺はもう駄目だ!! 引き籠るしかないんだよぉおおおっ!! 誰だっ!! 密告した奴は!! ちくしょおおおお!!」年甲斐もなく涙を流しながら吠えまくるミハエルに、もはやオリビアは呆れて物も言えない。(密告したのは私だけど……それにしても呆れたものだわ。実力も無いのに、王宮騎士団に入ろうとしたのだから自業自得よ)けれど、これではうるさすぎて堪らない。そこでオリビアはミハエルを慰めることにした。「落ち着いて下さい、お兄様。確かに恥はかいてしまいましたが、私はこれで良かったと思いますよ?」「何でだよ!! 何処が良かったって言うんだよぉお!!」「だって、考えてみて下さい。お兄様は実力も伴わないのに、高根の花である王宮騎士団に入ろうとしたのですよ? 仮にこのまま騎士になれたとしても、いずれすぐにボロが出て不正入団が明るみに出ていたはずです。もしそうなった場合、国王を騙した罰として、不敬罪に問われて処罰されていたかもしれませんよ?」「な、何……不敬罪…